経営者と財務・経理担当者のための租税条約入門

経営者と財務・経理担当者のための租税条約入門
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経営者と財務・経理担当者のための租税条約入門


財務省HPによりますと、平成29 年8月1日現在、日本の租税条約締結先は、69 条約等、120 か国・地域で適用されています。
http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/international/182.pdf

経営者と企業担当者のための租税条約入門

租税条約とは、諸外国との二国間で締結する課税(特に所得課税)上のルールです。二国間でルールを定めることで、
-二重課税の回避
-課税の免除や税率の引き下げによる経済活動、人的交流の活性化
-双方税務当局の相互情報交換制度の整備など
を図ることを目的としています。
ここでは、租税条約の基本を解説するとともに、ビジネスにおいて重要性の高い所得区分別の税率を国別に紹介していきたいと思います。

目次
1.国内法と租税条約
2.プリザベーションクローズ 
3.ソースルール 
4.OECDモデル租税条約とは
5.租税条約の手続き 
5.1 租税条約に関する届出書
5.2 特典条項に関する付表
5.3 居住者証明
5.4 手続きを失念した場合
5.5 源泉税納付が遅れた場合
6.PE(日本国内の恒久的施設)がある場合の特例 

1.国内法と租税条約

租税条約の適用を検討する際、まず国内法(所得税法及び法人税法)上の取り扱い方法を確認し、次に租税条約上の規定があるかチェックを行います。

国内の法律全般に対して条約が優先されるかは、議論のあるところのようですが、税法に限って言えば基本的に租税条約が優位となります。

しかし、租税条約の方が不利になる場合までも租税条約のルールが適用されるかについては、後述するプリザベーションクローズとソースルールが微妙に絡み合うため、盲目的に租税条約の取決めが優先されるものではないということだけ、覚えておいて下さい。

また国内法、租税条約それぞれにおける課税判断を行う上で、欠かすことができないのが、納税者区分の考え方と所得の分類についてです。

所得税法及び法人税法 租税条約
納税者の区分【個人】 【個人】

居住者
国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて一年以上居所を有する個人をいう。

居住者(非永住者)
居住者のうち、日本の国籍を有しておらず、かつ、過去十年以内において国内に住所又は居所を有していた期間の合計が五年以下である個人をいう。

非居住者
居住者以外の個人をいう。

【法人】

内国法人
国内に本店又は主たる事務所を有する法人をいう。

外国法人
内国法人以外の法人をいう。

個々の租税条約に委ねられますが、概ね以下の表現が用いられています。

一方の締約国の居住者

他方の締約国の居住者

居住者の定義について、特段の定めがなければ国内法上の居住者の定義を準用します。

日本香港租税条約では、以下のように定められています。
第四条第1項(b) 『居住者』
日本国については、日本国の法令の下において、住所、居所、本店又は主たる事務所の所在地その他これらに類する基準により日本国において課税を受けるべきものとされる者(日本国内に源泉のある所得のみについて日本国において租税を課される者を除く。)

『者』『法人』『企業』

日本香港租税条約では、以下のように定められています。
第四条第1項
(e)「者」には、個人、法人及び法人以外の団体を含む。
(f)「法人」とは、法人格を有する団体又は租税に関し法人格を有する団体として取り扱われる団体をいう。
(g)「企業」は、あらゆる事業の遂行について用いる。
※「企業」の意味は間違いやすいので要注意です。法人という意味ではなくビジネスと読み替えた方が分かりやすいと思います。

所得の区分 (1) 事業所得
(2) 国内にある資産の運用・保有
(下記⑺~⒁に該当するものを除く。)
(3) 国内にある資産の譲渡(以下のものに限る。)
 国内にある不動産の譲渡
 国内にある不動産の上に存する権利等の譲渡
 国内にある山林の伐採又は譲渡
 買集めした内国法人株式の譲渡
 事業譲渡類似株式の譲渡
 不動産関連法人株式の譲渡
 国内のゴルフ場の所有・経営に係る法人の
 株式の譲渡 等
(4) 人的役務の提供事業の対価
(5) 国内不動産の賃借料等
(6) その他の国内源泉所得
(7) 債券利子等
(8) 配当等
(9) 貸付金利子
(10)使用料等
(11)事業の広告宣伝のための賞金
(12)生命保険契約に基づく年金等
(13)定期積金の給付補塡金等
(14)匿名組合契約等に基づく利益の分配金
個々の租税条約に委ねられますが、概ね以下のような区分について定められています。

(1) 不動産所得
(2) 事業所得
(3) 国際運輸所得
(4) 配当所得
(5) 利子所得
(6) 使用料
(7) 譲渡収益
(8) 給与所得
(9) 短期滞在者免税
(10)役員報酬
(11)自由職業者の所得
(12)芸能人及び運動家所得
(13)退職年金など
(14)政府職員の給与等
(15)学生・教授・事業修習者免税
(16)匿名組合所得
(17)その他の所得


2.プリザベーションクローズ(PRESERVATION CLAUSE)

プリザベーションクローズとは、租税条約より国内法の規定を適用した方が有利な場合は、租税条約ではなく国内法の規定を優先適用することができるという考え方です。プリザベーションクローズは、租税条約上の基本原則と言われていますが、OECDモデルにおいて明文規定はなく、個別の租税条約において明文化された例として、日米租税条約があります。

日米租税条約
第1条第2項
 この条約の規定は、次のものによって現在又は将来認められる非課税、免税、所得控除、税額控除その他の租税の減免をいかなる態様においても制限するものと解してはならない。
(a)一方の締約国が課する租税の額を決定するに当たって適用される当該一方の締約国の法令
(b)両締約国間の他の二国間協定又は両締約国が当事国となっている多数国間協定

3.ソースルール (SOURCE RULE)

ソースとは源泉地のことで、国内源泉所得なのか国外源泉所得なのかを判定する際のルールのことを、ソースルールと呼ばれています。この判定には、国内法上も租税条約上も国内源泉所得になる場合に、その所得区分が異なるケースも含むこととなります。

その根拠条文は、所得税法162条及び法人税法139条(税目が違うだけで同じことを規定しています)となります。

所得税法 第162条(租税条約に異なる定めがある場合の国内源泉所得)
日本国が締結した所得に対する租税に関する二重課税防止のための条約(以下この条において「租税条約」という。)において国内源泉所得につき前条の規定と異なる定めがある場合には、その租税条約の適用を受ける者については、同条の規定にかかわらず、国内源泉所得は、その異なる定めがある限りにおいて、その租税条約に定めるところによる。この場合において、その租税条約が同条第一項第六号から第十六号までの規定に代わって国内源泉所得を定めているときは、この法律中これらの号に規定する事項に関する部分の適用については、その租税条約により国内源泉所得とされたものをもつてこれに対応するこれらの号に掲げる国内源泉所得とみなす。

法人税法 第139条(租税条約に異なる定めがある場合の国内源泉所得)
日本国が締結した所得に対する租税に関する二重課税防止のための条約(以下この条において「租税条約」という。)において国内源泉所得につき前条の規定と異なる定めがある場合には、その租税条約の適用を受ける外国法人については、同条の規定にかかわらず、国内源泉所得は、その異なる定めがある限りにおいて、その租税条約に定めるところによる。この場合において、その租税条約が同条第一項第四号又は第五号の規定に代わつて国内源泉所得を定めているときは、この法律中これらの号に規定する事項に関する部分の適用については、その租税条約により国内源泉所得とされたものをもつてこれに対応するこれらの号に掲げる国内源泉所得とみなす。

このソースルールに関しては、上述のプリザベーションクローズが効かず、租税条約を適用した方が不利であったとしても、租税条約の定めに従って課税が生じる点が重要です。

4.OECDモデル租税条約とは

OECDモデル租税条約とは、経済協力開発機構(OECD)が加盟各国に対して採用を勧告しているひな型で、加盟国間若しくはモデル租税条約の政策に賛同する非加盟国との間の2国間において租税条約を新たに締結したり、既存の租税条約を改定する場合の指針となっています。

また昨今OECDがリードする形で、BEPS(BEPS: Base Erosion and Profit Shifting/税源浸食と利益移転)プロジェクトが始まり、移転価格税制の運用厳格化の流れを生み出しています。

5.租税条約の手続き 

租税条約による税額の軽減や免除を受けるためには、実際の課税対象となる取引が行われる日までに手続きを行わなければいけません。

5.1 租税条約に関する届出書

租税条約に関する届出書は、所得の区分に応じて下記の通り様式が定められています。

租税条約を適用するために、源泉徴収義務者(支払者)は、所得を得る非居住者・外国法人から「租税条約に関する届出」の提出を受け、源泉徴収義務者経由で、その源泉徴収義務者たる支払者の所轄税務署長宛て、その支払日の前日までに届出書を提出する必要があります。

1 租税条約に関する届出(配当に対する所得税及び復興特別所得税の軽減・免除)[様式1]
2 租税条約に関する特例届出(上場株式等の配当等に対する所得税及び復興特別所得税の軽減・免除[様式1-2]
3 租税条約に関する届出(利子に対する所得税及び復興特別所得税の軽減・免除)[様式2]
4 租税条約に関する届出(使用料に対する所得税及び復興特別所得税の軽減・免除)[様式3]
5 租税条約に関する申請(外国預託証券に係る配当に対する所得税及び復興特別所得税の源泉徴収の猶予)[様式4]
6 租税条約に関する届出(外国預託証券に係る配当に対する所得税及び復興特別所得税の軽減)[様式5]
7 租税条約に関する届出(人的役務提供事業の対価に対する所得税及び復興特別所得税の免除)[様式6]
8 租税条約に関する届出(自由職業者・芸能人・運動家・短期滞在者の報酬・給与に対する所得税及び復興特別所得税の免除)[様式7]
9 租税条約に関する届出(教授等・留学生・事業等の修習者・交付金等の受領者の報酬・交付金等に対する所得税及び復興特別所得税の免除)[様式8]
10 租税条約に関する届出(退職年金・保険年金等に対する所得税及び復興特別所得税の免除)[様式9]
11 租税条約に関する届出(所得税法第161条第1項第7号から第11号まで、第13号、第15号又は第16号に掲げる所得に対する所得税及び復興特別所得税の免除)[様式10]

これらの租税条約に関する届出書には添付書類が定められているので、規定される書類を添付する必要があります。

さらに昨今新たに締結される租税条約では、一定の所得区分について租税条約の優遇規定を適用するための要件として、「特典条項に関する付表」の添付が求められてくる傾向にあります。

5.2 特典条項に関する付表

特典条項とは、使用料0%など、免税とされるものも昨今の租税条約では少なくなく、国際間取引において本来の趣旨から逸脱した租税回避行為やスキームを防止するために、設けられた条項です。条文は難解なものになっていますが、基本的に、その一方の租税条約締約国の居住者又は実態を有する法人等(パススルーされて諸外国にその利益が流出するような場合は要件を満たさない)であることのチェックするための付表で、租税条約の中で特定の所得に関して提出が規定されていて、該当する場合は租税条約に関する届出に添付して、提出しなければなりません。
https://www.nta.go.jp/tetsuzuki/shinsei/annai/joyaku/annai/5320/01.htm

5.3 居住者証明

居住者証明とは、租税条約の締結相手国の権限を有する税務当局が、その申請者が租税条約の滝用を受けることが出来る適格の居住者であることを証明する書類のことで、英国とフランスについては、平成29年8月現在下記HPにて、書式が公開されているが、それ以外の国については、個別に調べる必要があります。
https://www.nta.go.jp/tetsuzuki/shinsei/annai/joyaku/annai/5320/01.htm
米国については、Form 8802(Application for United States Residency Certification)を提出し、Form 6166(Certification of U.S. Tax Residency)を入手することが出来ます。
https://www.irs.gov/individuals/international-taxpayers/form-8802-application-for-united-states-residency-certification-additional-certification-requests

5.4 租税条約の手続きを失念した場合

租税条約の届け出を失念したり、期日までに提出されなかった場合は、租税条約の適用がないものとして、国内法上の取り扱いとなります。しかし救済措置として後日『租税条約に関する源泉徴収税額の還付請求書(様式11)』を提出することで、国内法による源泉税と租税条約適用による源泉税の差額について還付を受けることが出来ます。
https://www.nta.go.jp/taxanswer/gensen/2889.htm

実務上では、租税条約に関する届出書の提出が遅れた場合に、国内法による源泉税を納めるのか、租税条約に基づく源泉税を納めるのか、条文を超えたところでケースバイケースの対応が行われています。万が一、失念した場合は、専門家と協議の上対応して下さい。

5.5 源泉税納付が遅れた場合

非居住者や外国法人に対して支払う国内源泉所得について、源泉徴収義務が生じる場合は、その支払いの日の属する月の翌月10日までに非居住者・外国法人用の源泉所得税納付書にて納付する必要があります。
https://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/jimu-unei/shotoku/gensen/080623/pdf/05.pdf#search=%27%E9%9D%9E%E5%B1%85%E4%BD%8F%E8%80%85+%E6%BA%90%E6%B3%89%E6%89%80%E5%BE%97%E7%A8%8E%E7%B4%8D%E4%BB%98%E6%9B%B8%27
また、非居住者や外国法人に対して支払う国内源泉所得について、その支払いが国外で行われた場合、原則源泉徴収義務は生じませんが、その支払者が日本国内に支店等事業所を有していた場合は、その国内事業所にて支払われたものとみなして、源泉徴収が必要となります。その場合の納期限は、その支払日の翌月10日ではなく、翌月末日となるので、注意して下さい。
その他、組合契約に基づく事業利益については、その組合利益の計算期間の末日から2ヶ月以内に金銭等の交付がなかったとしても、その2ヶ月を経過する日に支払いがあったものとみなされて、翌月10日までに源泉所得税を納付しなければなりません。(租税条約による低減税率は原則ないため、国内法の20.42%が適用)

上記いずれの場合においても、その納期限を超えてしまうと、不納付加算税(自主納付で納付税額の5%、税額が5000円未満の場合は、全額切り捨て)及び延滞税(最初の2ヶ月年利2.7%、その後年利9.0%)が加算されることとなります。https://www.nta.go.jp/tetsuzuki/nofu-shomei/entaizei/entai_wariai.htm

6.PE(日本国内の恒久的施設)がある場合の特例 

日本国内に恒久的施設を有する外国法人又は非居住者で一定の要件に該当するものが、その要件を満たしていることにつき納税地の所轄税務署長の証明書の交付を受け、国内源泉所得の支払者に提示した場合には、一定の国内源泉所得についての源泉徴収が免除されます。
『外国法人又は非居住者に対する源泉徴収の免除証明書交付申請書』
https://www.nta.go.jp/tetsuzuki/shinsei/annai/gensen/annai/1648_26.htm

源泉徴収は免除されますが、必ず所得税の確定申告又は法人税申告が必要となります。言い換えると、必ず所得税の確定申告又は法人税申告が必要な場合に、この申請書を提出することで、源泉徴収事務を省略し簡素化できるということです。

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